サバイバル登山家、服部文祥さんの「You are what you read.」という書評集、の書評を書きます。この本を通じて著者 服部文祥さんのことを語りたいのです。(以下敬称略)
僕が服部文祥のことを知ったのは千原ジュニアがパジャマ姿でちょっと変わったその道の専門家をゲストにトークする番組で、有名登山家としてメディアに出ている人を正当な理由で軽くディスっていたのが小気味よく、興味を持ちました。
もともと山に好奇心と憧れを持っていた僕はYouTubeでキャンプの動画や登山の動画、はたまたサバイバル系の動画をよく見るのですが、服部文祥の登山を記録した動画は他のそれらと一線を画する異質なものでした。
ある動画では米と塩と油、その他調味料を持って山に入り、イワナを釣り、ヘビやカエル、ウドの新芽といった「おかず」を入手しながら沢を登っていく。それも既知の登山道を歩くのではなく、等高線がびっしりと描かれた地図を頼りに年に数グループしか到達しないマニアックな高地を越え、6日間の行程でやっと普通の登山道へ合流するような普通ではない登山の動画です。
行程の間、周囲に人工物はなく、食事は行程で採取した「おかず」を煮たり焼いたり茹でたり燻したりと、やりくりしながら済ませている様子が映されていました。
この「おかず」の中で特に頻繁に登場するのが現地調達したイワナで、その手慣れた捌き方はぜひ見てもらいたいです。背びれ、腹びれから尾びれまですーっと包丁を入れて切れ目をつけ、皮の端を歯で噛んで一気に皮を剥く。
この豪快な画は著者が過去に出版した「サバイバル登山家」の表紙にも採用されており、サバイバルというワイルドな単語とよく似合っています。皮を剥いたイワナは刺し身にした、燻したり、ウハーと呼ばれるスープにしたりして大量の白米と共に食していました。何日もイワナを食べると流石に飽きるので、様々な調理法で変化をつけているのだそうです。
野営場所を決めたら火をおこし、紅茶と生姜、胡椒、砂糖と粉ミルクで特製のチャイを煮出すのが服部流。この時、チャイにほんの少しだけ塩を入れると「コクがでて美味い」のだそうで、僕も頂き物のチャイのティーパックを煮出す際に塩を入れてみたら確かにコクが出て美味しかったです。
「おかず」の中で度々登場するカエル。僕は一度だけ食べたことがあります。
東武東上線ふじみ野駅のすぐ近くにあるビッグという居酒屋で、バンドの先輩と飲みに行った時に面白半分でカエルのフライを注文しました。可食部は足の筋肉しかないのであまりコスパは良くなかった記憶があります。
身は鶏肉と似てあっさりしていて美味でしたが、表面がどうも水っぽく「ぬるっ」とした食感で、ちゃんとカエルっぽさがありました。今思えばフライより直火で水分を飛ばしながらカリカリに炙ったほうが美味しかったのかもしれません。塩コショウ多めで。
話を戻します。
そんなサバイバル登山家が今年出版した書評集「You are what you read.」ですが、表題はYou are what you eat.(あなたは食べたものに他ならない)をもじったもので、「あなたは読んだものに他ならない」という洒落らしいです。
著者、服部文祥が今まで読んだ本を5ページ程度で紹介しており、その紹介の中でにじみ出てくる著者の特異な経験から成る持論や思想を楽しむことができます。
著者は文明社会に住む一般人の僕らには理解し難い思想(特に生死観)を持っていますが、それは難易度の高い山に挑戦し、自分の命と自然とを天秤にかけて過ごしてきた実体験と、猟銃を持つ狩猟者としての経験が織り成した結論であって、それらの経験を持たない我々一般人は到達し得ないものであると思います。
異質であろうが文明的でなかろうが、経験に裏付けされた思想には敬意を払うべきだと。
自分の物差しで測れるものなんて森羅万象のごくごく一部でしかないのです。
サバイバル登山家という肩書きを裏付けするように、本書には実際の探検記や冒険記、狩猟記録や開拓時代の物語が多く紹介されています。「老人と海」は僕も読んだことがあります。
また犬に関しての内容も多く紹介されており、犬という言葉を介さない相棒への深い愛情がよく分かる部分もありました。犬との絆を描いた「マヤの一生」も紹介されています。
著者の別の動画にはナツという名前の中型犬が登場しており、「サバイバル」「狩猟」という殺伐としたテーマの動画の中でアイドル的な人気を博していました。頭の良さそうな顔立ちをしています。
意外だったのが「スカイ・クロラ」シリーズや「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」といったSF作品もたくさん紹介されていることです。良質なSF作品はユートピアかディストピアかはさておき、近未来の姿を見せるだけでなく、現代の精神的主柱や良いとされているルールがどこまで通用するのか、どんな社会構造まで耐えうるのかを考察する良い指標だと思います。
サバイバル登山家も思考の行き着く先は肉体と精神、魂や生きた死んだのテーマなのかもしれない、などと思いました。
この本で貴重なのは、狩猟を通して命を奪いそれを食す経験を積んでいる著者の「いただきます」観に触れられることです。
過去に読んだ別の猟師さんの作品で「自分はたくさんの命を奪ってきたのだからきっとろくな死に方をしない」とその方は悲観的になっていましたが、このサバイバル登山家、服部文祥はどう考えているのでしょうか。ぜひこの本で、膨大な経験を基にした著者の思考の足跡を辿ってほしいと思います。
服部文祥は作家の仕事、筆を執る仕事より山にいるほうが好きなんだろうなと勝手に想像していましたが、登山とサバイバルのテクニックだけでなく、作家としても素晴らしい経験と才能を有しており、またその文章もとてもわかり易い表現で雄弁な作家さんなんだと感じました。
登山界のレジェンドは文才も有しているのです。
生死感の話を取り上げました。このレジェンドは自身の死についてはどう考えて(感じて)いるのか。これついて著者は過去に大雪崩に巻き込まれて死にそうになった経験を語っています。自身に迫る大雪崩を前に死を覚悟した実体験として「ツイてないなあ、これで死ぬんだなぁ」と「わくわくして笑っていた」の言うのだから、やはりこの人はちょっと変わってると思いました。
この本の良いところは書評を通して著者の本音がにじみ出ているところです。そもそも僕が著者を知ったきっかけがおべっかを使わない直球な評価や感想を言う、歯に衣着せない態度に憧れたからで、文章中にもそれを見ることができます。
山や自然に挑戦し続ける著者の、良い意味で浮世離れした書評と本音はやはり心地よく、もっと好きになりました。
あとがき
「世阿弥最後の花」の読書感想文が幸運にも著者藤沢周先生の目に留まったようでTwitterにて引用ツイートをして頂き、先生はその中で僕の読書感想文を「書評」と紹介してくださいました。畏れ多く、恐縮な気持ちでいっぱいでありながらも素直に嬉しかったので、これにあやかって僕はこれから読書感想文を「書評」というひとつ階段を上がった気持ちで書いていこうと思います。
心より感謝申し上げます。素人の僕には過分すぎる励みです。